| 1998年 | バンド人生に明け暮れていた松丸頒泰が、にっちもさっちもいかず、人生の岐路にたち、「ゲームは好きだからゲーム作る仕事だったら長続きするかも?」という安易な考えで、専門学校(ヒューマンアカデミー)にいく事を決意。約半年学校に通う。(が、学校に行くのがめんどいので、家でこつこつエヴァンゲリオンのモデリングをしては、学校に行き、友達に見てもらう)同じ教室で知り合った友人達と、当時はやりのクリエイター集団みたいなのを作ろうということで、その名前をつけることに。このとき、10人中5人がめがねをかけていたという中途半端さから、「めがね部」が誕生する。 |
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| 1999年 | あほバンドで活動していたところ、ライブハウスの店長さんに、THEJETZEJOHNSONの藤戸じゅにあ氏を紹介してもらう。一緒にイベントをしようということで、映像部門を担当。めがね部のPVを作成し、こっそり流す。 THEJETZEJOHNSONがでてきた際、お客さんが、藤戸じゅにあ氏にむかって「めがね部!!」と連呼。代表:松丸頒泰のめがね姿を藤戸じゅにあ氏のめがね姿だと思ったらしい。 |
| 2000年 | あるときは、高校のコピーバンドイベントに、そしてあるときは、ビジュアルイベントに、都内を中心にライブ活動を行う。徐々にファンが増えてきたことから、代表:松丸頒泰が「お客さんにmeganebu.comのメアドをあげたい!!」という無茶な想いから、サーバーを自分でたてることに。 |
| 2004年 | あっちこっちの会社をいきわたり、どうも人の会社になじめず、起業を決意。「有限会社めがね部」が誕生する。 |
| 2005年 | 起業したものの、所詮一人で生きていたため、 フリーランスと変わらないだらだら感で、過ごす。 |
| 2006年 | スタッフを雇う。「やべぇ、この子のちゃんと給料払わなきゃ」という焦りから、マジで働きだす。 |
| 2007年 | 都内に事務所を移し、さらにボルテージをあげる。二度手間的な面倒な作業が嫌いなので、社内ツールとして、グループウェア、CMS、サーバ管理システムを自作する。 |
| 2008年 | せっかくつくったものを自分だけつかって寝かせておくのももったいなので、売名行為として、オープンソース化を試み、ただいま作業中 |
更新日時:[2008-05-09 14:59:47]






